その日、僕は気孔をかけられた

shinka2006-05-06


三年前のある日、僕は梅田のHEP前で人を待っていた。
HEP前はご存知の通りキャッチの多いスポットで、その日も相変わらずホストの下っ端のあんちゃん達と汚い女たちが犇めき合うようにたむろしていた。
明らかに場違いな僕は、その一派から離れるよう隅っこのほうで待ち人の襲来をまっていると、全身白装束のおばちゃん二人組みが話しかけてきた。
「あのー私たち修業している身なんですけど・・・」
な、なんという第一声だろうか。丁度その頃あのパナウェーブ研究所の話題が冷め切らない頃で、一瞬その事件が脳裏をかすめたが大人しく話を聞くことにした。
僕「はぁ・・・」
白「私たち気孔の修業をしているんですけど、お時間があればお掛けしてもよろしいでしょうか?」
一瞬、“お掛け”という言葉が上手く認識できなかったが、待ち人も未だ来ないで暇だったので、快く協力することにした。
僕「構いませんけど。」
白1「ありがとうございます。では、体を前に前屈して体の柔らかさを見せてください。」
僕は素直に指示に従った。前屈して伸ばした手は僕の頑張りとは裏腹に地上から10cm程も浮いていた。
白1「はい、はい、はい、それぐらいですか。じゃこれから気孔をかけます。(もう一人の白装束のほうに顔を向け)どうする?エンカクで行く?」
白2「うん。エンカクでいこう。」
え?ちょっと待て!エンカクって何だ!?すると白1は僕の傍に残り、白2は僕から5mぐらい離れた場所まで下がった。ま、まさか“エンカク”とは“遠隔から気孔をかける”ということなのか!??
すると、二人は両手を僕の方に上げ目をつぶり、何やら一心不乱に祈り始めた。
嗚呼、明らかに僕は今気孔を掛けられている。そしてそれは遠隔気孔のために半径5mをも使用するイベントのようになり、確実に皆が僕のほうをかわいそうな目で見ている。気孔はかけられるし、街中で注目されるし・・・もう半ばどうにでもなれと思った。

約1分ぐらい気孔を掛けられた後、二人は大袈裟に息を切らせながら僕のほうに戻ってきた。
白1「それでは、今一度前屈をしてもらえますか?」
なるほど。おばさん達が僕に掛けていた気孔はどうやら体を柔らかくする気孔らしい。それは素晴らしいと思って再度前屈をしてみると、
どうしよう!前と何一つ変わってない!おばさん達の手前、ここはスラーと手を地面につけたいものだが、もう膝が痛くて仕方がない。こんな事と知っていたら、一回目の時、手加減して前屈すれば良かった。申し訳ない気持ちで二人の方を見ると遠隔気孔をしていた白2の額に薄っすらと光る汗が滲み出ていた。
そ、そんなに頑張ったの!?そんなに遠隔は体力を消費するの!??
おばさん達が汗をかいて、僕に気孔を掛けてくれた。
長い人生、僕は今この瞬間以外に頑張らないで何処で頑張るのかと思った。僕は自分に渇を入れて、エイっ!と目一杯手を地面につけた。明らかに膝がピキッと音をあてたが構わない。おばさん達は僕の体に気孔をかけたんじゃなくて、僕のおじぐぞな気持ちに気孔をかけたのだ!
「わぁ〜、柔らかくなっている!」
白1「えぇ。これが気孔の力です。私たちも修業のかいがありました。それでは私たちはこの辺で失礼します。」
とおばさん達は言い残し、人込みの中に消えて行った。
僕「ありがとうございました!」
気付けば、イベントは見事に成功し幕を閉じた。心なしか周りの野次馬達も僕に対して賞賛の眼差しを向けているように思える。そうだろうよ。僕は前の僕ではない。界王拳のような気孔をかけられた特別な人間になったのだから。
満悦な気持ちに浸っていると、いつの間にかに待ち人が横に来ていた。
待ち人は何を言わず僕のほうを見ている。
僕は待ち人の方へ近づき、唯一言喋りかけた。
「俺、強くなった気がする。」