『リンダリンダリンダ』

shinka2005-08-30

青春映画というものにはルールがあると思う。
先ず舞台は、どこにでもある僕らと然程違い環境で都会でなく田舎。主人公達はごく普通、あるいはろくでもない若者達。そこに問題がふりかかり、話は始まり同時にピンチというチャンスが起こる。しかし、その変化はすぐに表れるわけでなく、以前の状況を振り返り悶々とする。そこへ指導者的人(事件)が出てきて問題は一気に解決!そして、文字通りやっと舞台に上がりめでたし、めでたし、チャンチャン♪だ。

さて、問題はこの映画はおもしろいのでしょうか?
率直に言えば、どうも煮え切らない感じを受ける。どうみたって素材足りなくて強引につなげた映画だ。聞いた話によると撮影期間がなんでも二日だとか、それでは仕方がない。
この映画、青春映画だと思いきや先にのべたルールというのは全然こなしてない。いや、べつに忠実に規約を守れっ!と言っているわけではない。ただ、それならば新しい定義というか見せ方を提案してもらいたかったのだが、それすらも伺えなかった。
人の感情の変化‐あるいは大人への成長‐は描けてなかったし、別段音楽じゃなくても良かったし、観客の展開への期待を悪い意味で裏切るし、急に場面は飛ぶはで消化不良を覚える。
特に気になったのは二点。
まず、主役の韓国人の留学生が別段、そんな設定でなくても良かったこと。これはまずいでしょう。話のアイデンティティに関わる問題である。極端な話、クラスのいじめられっ子がVo.になっちゃった!でもいいわけだ。しかも、こいつ留学生だから最初はメチャクチャ歌が下手なんだけど、何故かラストの発表のシーンでは見事なぐらい巧い!直前のリハまでは今だにちゃんと発音出来ていなかったのに、それはないでしょう。大事なのは巧くなって行く過程やと思うんねんけど。

次に主役を喰う脇役!このお話は高校の軽音で女子だけのバンドのグループがあり、その一人が文化祭直前に体育で突き指をしたため出れなくなり、急遽バンドを再編するのだが、その新メンバーが成り行きで韓国からの留学生になってしまい、さぁ大変っ!というのが起パートとしてある。
しかし、しかしだ!本番直前にそのバンドが寝坊で大遅刻をする。その場繋ぎとして出てきたのが他ならぬあの突き指の子なのだ。
だったら、はじめからVo.にすれば良かったじゃない!しかも、すげぇー歌うめぇーの!そんでもってこの映画の中で一番かわいいのだ!
なんだよ、それ。全部引っ繰り返しちゃったーじゃねぇかよ。映画も僕の心も横取りされちゃったら、なんかもうラストとかどうでもいい。
確かにあのバンドが発表するシーンでは鳥肌を立てた。しかし、それはその演出に感動したのではなく、むしろハイローズの歌に感動したのだ。