『君となら〜Nobody Else But You /三谷幸喜 』(ビデオ 1995)

東京サンシャインボーイズの頃の三谷作品を見ていてふとあることに気付いた。
これは関東版・新喜劇である。
笑いの種類こそ違えと、大衆に向けられた娯楽性と普遍性をドラマにする当たり合致する。
笑いの違いは、関西の笑いがその人自身向けられた笑いであるのに対して
関東の笑いはそのシチュエーションなどの二面構造の背景に向けられた笑いなのである。
最初のうち、こちらに来てから新喜劇などを見てもまるで面白くなかった。
解らないうちに始まり、解からないうちに終了していた。
しかし三年もすればある程度わかってくる。関西はおもしろい状況をみているのではなく、人を見ているのだ。言い換えれば定番の芸に対して笑いではなく待ってましたと合いの手を述べるように笑うのだ。それは言わば落語の構図に近い。
だから新喜劇を本当に楽しむにはやはり小学生時代に土曜の昼ごろ学校から帰り、昼飯を食いながら新喜劇を見て楽しむという英才教育がひつようなのだ。
驚いたことに関西人にはこのような追体験が必ずある。
関東人の我々だと『風まかせ〜』や少し大人になって『王様のブランチ』などがそれに該当するかもしれない。