合宿二日目 −ドリームメイカーになれなかったトラブルメイカーのお話

shinka2005-09-05


合宿二日目について語ることは一つしかない。それ以外は雨が降り、やる事もなく黙々と寝ていたからだ。
合宿二日目について語ること、それは夕食後の宴会の席の事である。

ほら、なんかありそうでしょう?
でもくだらない話だ。簡単に話そう。
宴会の席でほろ酔い気分になった私たちは次々に陰部の毛を燃やしていった。
そう、あなたの考えるあのチリチリというやつだ。
けど、何故だか知らないが私の時だけはそこに大きな火薬がほうりこまれた。

スピリタス

スピリタス(SPIRYTUS)
● 蒸留を繰り返すこと70数回、純度を極めたポーランドウォッカの雄です。
アルコール度は実に96度。高いアルコール度が印象的な味わいを残す、世界最強の酒です。(説明書きより)

※火気厳禁!

…それが私にほうりこまれた火薬である。アルコール度数90度もあるそれはもはや酒というよりもこの場合ガソリンだ。あなたも私らも想像するあのチリチリというやつは所詮火がついたという程度のものである。私が経験したのは本当に“燃えた”というものだった。
そう、私の下半身は燃えたのだ。もっと言うのならば引火し“火だるま”になったと言ってもいい。私が出る火は毛の部分だけでなく、太ももや足からも出ており、そして叩いても消えないのだ。
ヤバいと思った、あるいはパニくった私はスボンを脱ぎ、パンツを脱いだ。しかし、今だに私の陰部は燃ゆる。たたいても、はたいても燃ゆる。燃ゆる炎。後輩が投げた座布団が巧いこと全てを覆い、なんとか消火できた。
ほんと、漫画みたい。

さて、懸命な読者諸君には既におわかりであろう事にさぁ、ここからが大変なのである。
火が消えた後は、もう下半身のいたる所が痛い。すぐにベランダに出て、酒を冷やすために用意された氷水が私の陰部にまるでバケツリレーによる消火のようにかけられていった。水をかけられていた時は刺すように痛いのだが、そのすぐ後には燃えるようにジンジンと痛くなる。全く、これじゃあ早漏克服の温冷式」(ふたりエッチより)みたいじゃないかぁ。
酒を冷やすために用意された氷水を使いきってもなお、痛みがひかなかったので浴場に行って、合計三本のシャワーのコラボである冷水攻撃を受けた。しかし、痛みは全然ひいてくれない。まるで、この時間が一生続くように思われ、この時になってやっと情けないということを認識した。

痛みはおさまっていなかったが、こうしていてもラチがあかないと、とらあえず浴場を出る。この間も後輩達による懸命の処置(なんやかんや色々)は続く。ありがたい。脱衣所にゆくとさっきまで履いていたジャージが届けられていた。ナイロン部分が溶けくっつき合っていたそのジャージは、火の恐さというよりも、「わぁ、理科の実験みたい」と思ってしまった。
それから、気がついたら救急車を呼ぶことになっていた。
理由として
①痛みがひかないかと
②場所が場所であること(下手をすれば未来ある私の子供達を失うかもしれないから)
というのは建前で、なんか気付いたらそんな事になっていて、救急車に乗り込んだら
アレ?こんな大事になっちゃったぁ
俺、三回生なのに問題おこしてる
いやぁー迷惑かけたなぁ
あっ、俺救急車乗るの初めてだ。すげぇー
などと考えていた。救急士の人に状況を説明してるときに、あまりにバカげた顛末で、なんかもうおもしろくなっていた。
病院に着くと、今まであてられていた毛布をとられ、看護婦が火傷のひどい部分を手際よくガーゼで覆い、氷枕で冷やしてゆく。なんか、カッコいい。ご丁寧に袋部分もキレイに巾着袋のようにすっぽりと覆う。そういえば、随分と前から私は様々な人たちに陰部を見られている。それでいて全然恥ずかしくない。緊急事態だからか。でも、袋をガーゼでって …なんかもう楽しくなってきた。その後、移動され天井しか見れない状況なのでよくはわからないが、多分緊急外来の患者ばかり集められる所に移動された。カーテン越しに自転車でこけて怪我をし、警察に身寄りはないと答えるおじいちゃん、座薬を入れられる声の様子から若いきれいな女性の気配を感じる。
一緒に救急車に乗り込んだ幹事と副部長がやってきた。この子達が不憫で申し訳なくなってきた。と、同時に悪いがやはりこの状況を楽しんでいたのも事実。だって!今、私の左腕には点滴の針が刺さっているのよっ!点滴って!うけるっ!

彼女達は私がウトウトしているうちに帰ったらしい。私はその後、朝九時ごろに起こされた。夢は見なかった。時間飛んでる感じ。点滴はちゃんと終わっている。
それから、皮膚科に行くように言われ、軽く診察を受ける。けど頭がボーとしていたせいか、または大した事がないと判断した医師のためか、肝心な全治何ヵ月だとか対処だとか、薬の説明だとかはなされなかった。しかし、経過をみたいらしく執拗に「いつ帰るのか?」というのを聞いてきた。「今日です」と言うとしかたがないといった感じで委任状を書き、住む場所の近くの病院に帰ったら直ぐ行く事、その医師の判断に従うことが私との間に約束させられた。
その後、皮膚科の窓口、会計へとたらい回しにされた。何故、病院ってこんなに面倒臭いんだろう。そして、当たり前のことだが人々は下を向きまるで希望という言葉を知らないといった顔をしている。当然か。

治療代を払うと財布の中はからっぽになった。一応、保健書は持ち歩いていたので安くはすんだが、そんなに合宿でお金を使うと思っていなかったので、これはかなり困った。携帯を持ってきてなかったので残り少ない金で宿に電話をかけ、幹事に連絡をした。

本当はもう少しだけここにいたかったのだが、そういうわけにもいかない。多分、男たちはせせら笑い、女たちは呆れ返っていることだろう。しかし、私は帰る。例え誰一人として待っていなくとも私は帰る。原点回帰は立ち戻ることではなく、進むことである。私はそんな訳のわからない、根拠もない自信に満ち足りてタクシーに乗り込んだ。