流れる寿司を挟んで

shinka2005-06-27

今日、昔の女らしき人と出逢った。
「らしき」と言ったのには二つ程の理由がある。
一つに厳密な意味に言えば、彼女は僕の女ではなかった。付き合ってもいなかったし、僕のものでもなかった。彼女は僕にとって文字通り女でしかなかったということだ。そういうことだ。
二つ目に彼女はもしかしたら、彼女じなかったかもしれない。そしてこれが一番重要な点だ。彼女はもしかしたら、僕の知っている彼女ではなく、唯似ている人だったのかもしれないということだ。

今日、家に帰宅し、自炊をするのも何だったので近くのすし屋に行った。すし屋と言っても回転寿司で一皿百円の良くあるお店である。一人で行くのは嫌だったけれども、もうそんな事言ってられる歳でもなかったので、人生で初めて回転寿司屋に一人で行き、カウンターに一人で座った。席についてみると意外と一人の客は多く、中年やら若者とかお出でで、さすがに一人の女性客はいなかったけれども程よくカモフラージュされて、先程までの変な気後れ間は直ぐになくなっていた。
席についてふと顔をあげると、照明で色と艶を与えられた寿司が流れている。そして、そのレールの向こう側には向かい合うソファー席が横に配置されており、カウンター席の人はちょうど、寿司越しに他の客の横顔を眺めるようになる。そこに、横顔の彼女がいた。座って寿司を取ることなく僕は少しの間、あれ?この人見覚えがある・・・誰だっけとマジマジと見ながら考え込んでしまった。すると、彼女もこちらを向き僕と眼が合った。時間にして三秒ぐらい見つめ合ったのかもしれないが、僕にすればその数秒が何分にも感じられた。

そして、辿り着く回答。あいつだ。彼女だ。でも、なにか様子が違うようだ。そうか!もしかしたら、物凄く似ている人かもしれない。だって、先ず一緒にいる人たちが変だ。普通、同年代の男か女といるものなのに、明らかに中年の男二人と一緒にいる。この状況は物凄く変だ。それに、何故こんなところにいる?明らかにココは彼女の生活範囲外な場所である。又、もしそうならば声を掛けてくるか、あるいは不自然な行動になるはずだ。しかし、目の前の彼女はまるでそこには初めから何もなかたように平静そのものである。そうだ、きっと似ている人なんだ。なんだ、びっくりしたなぁもう。と思い、気を取り直して寿司を取る。お茶を飲む。パクパクオパク・・・ズーズー。もう、考えは終了したはずなに、どうしても次の寿司を取るときにレールの向こう顔にいる彼女が眼に入る。寿司を食べながら盗み見る。そして色々と考えた。
それにしても、似ているな。あの口元や目、化粧の仕方からその下にある肌質、おまけにあの二の腕の太さや声までもがそっくり、そのままである。そうやって、違う点を見つけようとすれば、する程共通点を見つけてしまい、目の前の彼女は、限りなく彼女に近付いていった。そして、同時に彼女について自分がこんなににも記憶している点が多い事実に驚く。人のことを覚えているというのは不思議なものだ。この歳になると人が目の前を多く流れてゆく。大半の人はその流に逆わらず、表れては消え、表れては消える。その流の中で一個人の詳細な事、それも名前や肩書、ステータスではなく、癖やら雰囲気やらからだの細かい部分などの、その人をその人たしめるモノに気付けるというのは一体どうやって付き合ってきた人たちなんだろうか。

それにしても、なんていうシチュエーションだ。夕飯で一人、回転寿司屋に来て、カウンターの偶々選んだ席に座れば、垂れ下がるメニューとメニューの間に彼女がいた。二人の間には照明によって延命行為が続けさせられている寿司が無言で流れている。はぁ、カッコ悪いにも程がある。全然、美化できない状況。こんな時にブログの達人ならば、この間に流れるレールを上手いこと別なモノに例えて、悲しく終わって「そんな一日だ」とかでカッコ良く締めくくるのだろうが、僕にいたっては全く思いつかねぇ。回転寿司はいつまでも回転寿司のままだし、寿司を流すレールも何の隠喩もメタファーも隠されていなかった。それは明らかに寿司を廻すレールであったし、これから先も他の何者でもないレールのままだろう。

〆のうどんを食べている時、もはや僕の中で彼女は彼女になってしまっていた。そして唯座っているだけでも目に入ってしまうこの席に気まずさを覚え、そそくさと店を後にした。
家について携帯を手に取る。彼女にメールすれば、それが本人であるかどうか確認できる。しかし、しかしそんな事になんの意味がある?多分、彼女は彼女ではなかったし、もし仮にそうだとしても、たったそれだけのことである。それを確認するだけだ。こんな時春樹ならこう言うだろう。“・・・それに、それにそれが本当だったしても、それはもう既に損なわれてしまったものなのよ。”その通りだ。彼女はもう彼女ではないし、僕も又僕ではない。
そう思って、携帯を静かに閉めた。きっと携帯も又ずっと静かであろう。